先週8月7日、外務省が設置した「外交・安全保障関係シンクタンクのあり方に関する有識者懇談会(座長・田中直毅国際公共政策研究センター理事長)」が玄葉外務大臣に報告書を提出した。
報告書は、各国のシンクタンクが「次の時代の政策ビジョン形成に向けたアイディアを先取りし、既成事実化しようとする競争」を繰り広げる中で、日本の外交・安全保障関係シンクタンクの活動が低迷している現状を「日本の『危機』」と表現している(6頁)。報告書は、こうした危機的状況の原因を「政府とシンクタンクのコミュニケーションや連携の不在」「シンクタンク研究者の不安定な社会的地位やキャリアパス」「脆弱な財政基盤」の3つに求め、それを乗り越えるためには、「創造的構想力」「グローバルな連携推進力」「資金動員力」を適切に組み合わせていく必要があると論じる。こうした問題意識は今年4月に同懇談会が設立されたことをうけてまとめた拙論とおおむね重なるものである。
ではこうした問題意識に応えるシンクタンクのあり方とはどのようなものか。同報告書は、民間、非営利、自主・独立の米国型でも国丸抱えの新興国型でもない「日本型シンクタンク」のあり方を「国による一定の財政負担と民間シンクタンクの自己改革との融合による日本の外交・安全保障政策の刷新、および日本の国際的なプレゼンスや競争力の強化に向けた全員参加型の共同事業(10頁)」と位置づけている。要するに、公益的な活動を行うシンクタンクを民間資金だけで支えることはおよそ現実的でないので、補助金や事業委託等による公費の投入は不可欠、ということである。具体的には、成果の品質を高め、価格競争による疲弊を防ぐべく定額での応札など選定方式を見直すこと、国の保有施設の無償や安価での提供を行う公設民営方式の導入、といった興味深い提言が示されている。
よくまとまった報告書だが、この報告書は、事業仕分けや行政事業レビューで問題視され、おそらくは懇談会設置の直接のきっかけとなったであろう日本国際問題研究所(国問研)の位置づけについて必ずしも明快な回答を示していない。なるほど報告書は、国問研について一項を割き、「いったんつぶして、ゼロからのスタート」を求める発想を退け、世界の外交・安全保障コミュニティがしのぎを削るなか、「たとえ一時的であっても日本が『欠席』するわけにはいかない」と警鐘を鳴らしている(8頁)。実際、重要国際会議やシンクタンク交流の担い手として国問研が果たしている役割は大きく、その分野で国問研が培ってきたノウハウや評判は今後とも積極的に活かしていくべきものと考える。
にもかかわらず、報告書の提言は、一般的な外交・安全保障シンクタンク強化に向けられており、国問研をどうすべきなのか、国問研が求められる役割を十全かつ効率的に果たすには何が必要なのか、直接論じることを控えている。国の保有施設を提供する公設民営方式への言及は、今年の行政事業レビューで国問研の賃貸料が槍玉に上がったことへの反応といえるが、それが実現して国問研の賃貸料を圧縮できたとしても、公募にもかかわらず「国際問題調査研究・提言事業費補助金」や「調査研究機関間対話・交流促進事業費等補助金」の相当部分が国問研に配分されている、といった批判をかわすことはできないだろう。国問研が他のシンクタンクより優れているが故に落札しているのだとしても、それでは、シンクタンク一般を強化するという補助金の大きな目標の一つが達成されていないことを意味してしまう。
外交・安全保障シンクタンクについて包括的に検討され、公的文書としてまとめられたことは意義深い。そして、この報告書によって国問研の即時廃止といった暴挙が防がれるなら、応急措置としても十分意味がある。だが、国問研に求められてきた機能、とりわけ国際会議やシンクタンク交流の担い手としての機能、外交上必要な基礎的研究を行う機能という、外交当局が当然確保しているべき機能を安定的に維持し、さらに発展させていくには、もっと思い切った措置が必要になるのではないか。結局のところ、国問研については、私が前掲の拙論で論じたように、独立行政法人として位置づけなおすことが王道と思われる。報告書も、積極的にではないながら特殊法人化や独立行政法人化に言及しており、選択肢として完全に排除してはいない。無論、その場合は、政府の立場から独立した政策構想については一定のブレーキがかかることになろうが、そもそも現在の国問研がそうした機能を果たしているわけでもない。政府から独立した政策構想機能については今回の報告書の内容をふまえて国問研以外のシンクタンクを育てていくようにすればよい。
国問研の不遇は政権交替により加速したが、自民党政権時代から予算削減傾向は続いていた。その中で国問研は、国際会議を回す機能をなんとか維持する一方で、基礎的研究を大幅に縮小し、実践的な研究者を育てる余裕を失ってきた。この状況は防衛省に内部化された防衛研究所と比較すれば雲泥の差といえる。近年防衛研究所は、『東アジア戦略概観』をはじめパブリケーションの質量ともに向上し、実践的かつ優秀な研究者も輩出するようになっている。各国の防衛当局のシンクタンクは国立であることから、防衛省内にあることが国際会議やシンクタンク交流の点でマイナスになることもない。政府の立場から完全に自由な研究や発言ができないなど制約はあるが、少なくとも防衛政策にとっての有用性はこの十数年間に格段の向上をみせたといえるのではないか。
トラック2、トラック1.5会議の重要性を考えれば、国問研、あるいは外務省にとって、省内に国問研を吸収する選択肢はおそらくなかったであろうし、政府の補助金が安定的に共有されている限り、独立行政法人よりも独立性が高いとみられる財団法人である方が対外的にも適当と考えられたのかもしれない。しかし、折からの行政改革の流れは、そうした曖昧な位置づけの認められる余地をどんどん狭めていっており、小手先の対応策では今後も隘路に追いやられるばかりであろう。国問研の維持にしても、それ以外の外交・安全保障シンクタンクの強化にしても正々堂々とその必要性を訴え、日本の外交・安全保障の知的インフラを発展させていってほしいと考えるが、そう希望することは、視野狭窄に陥る政治を前にして楽観の度が過ぎるのであろうか。
研究員コラム