研究員コラム 金子将史 blogtop
2014年4月 8日 14:00


 歴史認識や領土問題にまつわる中国、韓国の宣伝攻勢を受けて、わが国でも対外発信強化の必要が叫ばれるようになっているのは自然な流れである。ただし、意味あるかたちで対外発信を強化するには、我が国や他国が実際いかなる活動を行っているのか、また望む効果を得るにはどのような活動が適当なのか、実態に即した議論が必要である。


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 こうした背景からPHP総研では、日本、そして世界の主要国が行っているパブリック・ディプロマシーに関する研究プロジェクトを立ち上げ、このほどその成果をまとめた書籍『パブリック・ディプロマシー戦略−イメージを競う国家間ゲームにいかに勝利するか』(PHP研究所)を発刊した。2007年にも、今回と同じく外務省の北野充氏と私の編著による『パブリック・ディプロマシー−「世論の時代」の外交戦略』(PHP研究所)を刊行しており、本書はその続編にあたる。以下各章の執筆者と読みどころを簡単に紹介する。

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 第1章は、編者の一人でもあり、かつて在米日本国大使館広報文化担当公使として日本のパブリック・ディプロマシーにとって最も重要な対米広報を担った北野充氏(現・外務省軍縮不拡散・科学部長)による、「パブリック・ディプロマシーとは何か」である。パブリック・ディプロマシーがなぜ重視されるようになっているのか、パブリック・ディプロマシーとはどのような活動を指すのか、近年どのような動きがあるのか等、パブリック・ディプロマシーについてのイントロダクションといえる章である。本章を読むことで、読者は以下に続く章を全体観を持って読み進めることができるだろう。「主張するパブリック・ディプロマシー」と「交流するパブリック・ディプロマシー」を車の両輪とする視点、政策とパブリック・ディプロマシーの相互浸透を強調する視点は、本章全体を貫く通奏低音にもなっている。


 第2章は、在日米国大使館の現役の広報・文化交流担当公使のマーク・J・ディビッドソン氏の手になる「ソフト・パワーからスマート・パワーへ」である。ディビッドソン公使は、オバマ政権で国務省のパブリック・ディプロマシー戦略の責任者を務めたこともある、この分野のベテランである。米国政府がパブリック・ディプロマシーをどのように理解しているのか、そして日本においていかに実践しているのかを知ることができる、貴重な材料である。パブリック・ディプロマシーは外交政策目標の達成と国益の推進を目指す戦略的なものでなければならない、という姿勢は日本にとっても示唆に富む。


 第3章は、英国セインズベリー日本藝術研究所の水鳥真美統括役所長による「力強い発信継続への英国の挑戦」である。水鳥氏は、かつて日本の外交官として活躍し、安全保障政策課長などを経て、2005−2008年には在英国日本大使館広報文化センター所長として日本の対英パブリック・ディプロマシーを担った。現在は民間の立場から日本と英国を文化交流でつないでいる。本章は、英国が2012年にエリザベス女王在位60周年(ダイヤモンド・ジュビリー)とロンドン五輪という大型イベントをパブリック・ディプロマシーにどう生かしたか活写している。2020年の東京五輪開催が決まった日本にとって英国の経験から学ぶところは大きい。


 第4章「ワシントンは中国パブリック・ディプロマシーの主戦場」を寄稿したのは、米国ヘリテージ財団の外国人初の上級研究員としてワシントンで活動中の横江公美氏である。横江氏は2007年の『パブリック・ディプロマシー』でも、米国の対中東パブリック・ディプロマシーについての章を執筆した。今回本章では、中国が同地で行っているさまざまな対米工作活動をとりあげ、それがワシントンでどう受け止められているかをレポートしている。


 第5章は、韓国外交部に属する国立外交院の金泰煥副教授が執筆した「韓国におけるパブリック・ディプロマシーの現況」である。金氏は前職で、日本の国際交流基金にあたる韓国国際交流財団の政策研究室長及び公共外交事業部長として、韓国のパブリック・ディプロマシーを推進した。韓国のパブリック・ディプロマシーは近年急速に体系化され、また厚みを増している。日本でも関心を呼んでいるものの、部分的に活動が紹介されているにとどまる。本章はその全体像を理解する上で役に立つ。


 第6章は、メディア事業全般でコンサルティングの第一線で活躍するアクセンチュアの古嶋雅史氏(メディアエンターテイメント統括マネジング・ディレクター)による「パブリック・ディプロマシーにおける国際放送とは」である。本章では国際放送のグローバルな最新状況についての見取り図が提示されており、国際放送をめぐる各国の戦略やポジショニングの違いを手に取るように理解することができる。幅広いデータに基づく包括的な分析で各国の国際放送を比較した本章は、国際放送に関心を持つ人にとって文字通り必読の文献である。


 第7章「ソーシャル・メディアの影響と活用」は、加治慶光氏の筆になる。加治氏は、名だたる民間企業でのマーケティング経験を買われて、出来たばかりの内閣官房国際広報室入りし、国際広報戦略推進官として日本政府の国際広報を担った。現在は、アクセンチュア株式会社チーフ・マーケティング・イノベ―ター、文部科学省参与をつとめる。本章は、パブリック・ディプロマシーにおいてソーシャル・メディアがどのように位置づけられるか検討したものであり、ソーシャル・メディアの活用という官邸広報にとっての新しい試みについて当事者ならではの知見を示している。


 第8章以下は日本のパブリック・ディプロマシーについて紹介していく。その皮切りとなる第8章「日本のパブリック・ディプロマシーの全体像」では、私(金子将史)が対日認識の現状、日本のパブリック・ディプロマシーの歴史、活動体系や実施体制について概観した。2007年の『パブリック・ディプロマシー』の拙稿を大幅に書き直し、その後の展開や変化を反映させたものである。最後に日本のパブリック・ディプロマシーの課題について簡単にまとめている。続く各章で詳述される具体的な活動を俯瞰する助けにしていただければと思う。


 第9章は、四方敬之氏(在英国日本大使館政務担当公使)による「東日本大震災後の官邸からの国際広報活動とパブリック・ディプロマシー」である。東日本大震災当時、海外でさまざまな流言飛語が飛び交う中、官邸国際広報室長だった四方氏がTwitterを駆使して英語で積極的に情報提供を行ったことをご記憶の人も多いだろう。本章は震災時の国際広報、そして風評被害対応など震災後に展開された国際広報についての貴重な証言であり、そこから得られた教訓についても整理されている。四方氏は、外務省の国際報道官、在米日本大使館プレス担当官など、パブリック・ディプロマシーのキャリアを積み重ねており、震災時の四方氏の活躍もそうした経験の蓄積あってこそと納得できる。


 第10章「3・11後の国際文化交流」も、日本のパブリック・ディプロマシーが東日本大震災にどう対応したか、国際文化交流の分野で描いている。筆者は国際交流基金の本田修氏である。本田氏は、東日本大震災当時はソウルの日本文化センター所長として、2012年10月からは文化事業部長として3・11後の国際文化交流を担ってきた。東日本大震災は、対日認識や対日理解を肯定的にも否定的にも大きく変化させる可能性があり、そうした中、国際交流基金は、対日理解の促進、被災の教訓の世界への提供、震災からの復興への寄与、海外での日本支援への協力、といった多面的な視点で、様々な交流事業を展開した。本章は、国内では必ずしも知られていないそうした活動を具体的に紹介している。


 第10章のコラム「復興を共に生きる:3.11後の日本・インドネシア交流」は、小川忠氏(国際交流基金東南アジア総局長兼ジャカルタ日本文化センター所長)の寄稿である。小川氏は、数多くの書籍や論文を発表している国際交流基金有数の文筆家であり、パブリック・ディプロマシーを実践しながら、それを学術的に表現できる我が国では数少ない存在でもある。2007年の『パブリック・ディプロマシー』でも、米英中独のパブリック・ディプロマシーを比較する重要な章を担当し、愛知万博における英国の活動を紹介する章も執筆した。このコラムでは、東日本大震災を経験した日本とインド洋大津波を経験したインドネシアとの復興・防災を切り口とした交流に焦点をあてている。


 第11章は、外務省広報文化外交戦略課長をつとめた米谷光司氏(財務省大臣官房参事官国際局開発金融担当)による「政策広報の実践」である。東日本大震災、そして領土問題をめぐって世界に向けてどのように発信するのかは、近年の日本のパブリック・ディプロマシーにとって最大のテーマであった。本章は、この困難な課題に取り組んだ米谷氏が、担当者ならではの視点でふりかえったものである。理解してほしいことを伝えるだけでなく、受け手との共通の関心事を見出すことが不可欠、という結論は、対外発信強化が叫ばれる昨今忘れてはならない視座であろう。


 第11章のコラム「ニューヨーク、パブリック・ディプロマシー最前線」は、川村泰久氏(在インド日本国大使館次席公使)が、在ニューヨーク日本総領事館首席領事として、政策広報の前線で奮闘した記録である。ニューヨークは、世界で最も重要なメディア・センターであり、彼の地での受け止められ方が、世界の報道や言説に大きな影響を与える。このコラムを読む人は、東日本大震災と領土問題に関してニューヨーク・メディアと格闘した川村氏の手触りを感じることができるだろう。


 第12章は内閣副広報官兼官邸国際広報室長として官邸の対外広報の重責を担う小野日子氏による「官邸における国際広報の現状と課題」である。小野氏は前職で初代の外務省広報文化外交戦略課長もつとめている。2007年の『パブリック・ディプロマシー』では、官邸の国際広報についてはほとんど触れていないが、その後、その役割は格段に大きくなっている。特に総理がかつてないほど頻繁に外遊し、また政策スピーチを行う現政権では、その傾向はますます強まっている。管見では官邸の国際広報についてのまとまった論稿はこれまで存在せず、本章はその嚆矢といえる。


 第12章のコラム「ダボス会議を通じた日本のアピール」は第7章の著者、加治慶光氏の寄稿である。世界から有力者が集まり、グローバルな議論を方向づけるダボス会議は、パブリック・ディプロマシーの絶好の機会であり、日本政府も同会議での発信に力を入れている。加治氏はまさにその担当者であり、本コラムでは、日本のメディアでも断片的に報じられることのあるダボス会議について、その全体像と日本政府の関わりを中心に描出している。


 第13章は、小島寛之氏(国際交流基金ソウル日本文化センター所長)による「日本語教育」である。小島氏は現職の前に国際交流基金日本語試験センター事務局次長として日本語能力試験を担当した、この分野の第一人者である。2007年の『パブリック・ディプロマシー』では日本語教育について十分触れていないが、実は国際交流基金の事業の中で近年比重を増しているのはこの分野である。本章は、基金による日本語教育事業を紹介し、そのさらなる発展のための提言を示すとともに、主要国による自国語教育の取り組みについても要領よくまとめており、この分野に関心を持つ人にとって格好の鳥瞰図になっている。


 最後に、北野充氏と小川忠氏が、パブリック・ディプロマシーについてさらに深く学びたい人のための「文献案内」をまとめている。一口にパブリック・ディプロマシーと言っても実に幅広く、全体を捉えることは容易ではない。しかし、ここに挙げられた数々の文献を読み進めるならば、この分野の奥深さと広がりに自然と親しむことができるだろう。


 これだけ幅広い内容を一書にまとめるのは、正直なところ編者としてはかなり大変であった。しかし、自分の章は別として、実務経験や知見に根差した諸論稿から私自身学ぶところが多く、あらためてこの分野を勉強しなおした気分である。パブリック・ディプロマシーへの注目が高まる昨今、この分野に関心を持つ人々にとって本書が何がしかの参考になるのであれば幸いである。