| 「中東石油危機」説を排す |
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文責:国際問題研究部 橋本光平 |
ある事象に対する方針を策定するに当たって、まず短期、中・長期的視点に立ち、それぞれ最悪のシナリオ、最善のシナリオを作成しつつ、来るべき不測の事態に備えるということは、施政者が行うべき最低限の準備であることは言うまでもない。
しかしながら同時に、「最悪のシナリオ」や「最善のシナリオ」は、架空のものであり、実際の施策に当たっては、それぞれのシナリオを参考にしつつ、刻々と変化する情勢を見据えながら、常に新たな現状認識を持っておくことが重要になることは言を待たない。つまり、「最悪のシナリオ」であれ、「最善のシナリオ」であれ、それら架空の「シナリオ」自体に振り回されないよう、日ごろの現状認識を深めておかなければならないということである。
現在、中東情勢と石油の枯渇状況を踏まえた、「最悪のシナリオ」が様々な形で我々の目に触れるようになっている。この事自体は、そのシナリオが、確かな情報と客観的な分析に基づくものである限りは有用であり、参考とすべきものである。しかしながら昨今、それらのシナリオが、あたかも実際に進行しつつある現状であるかのごとく吹聴される傾向が多々あるのには、いささか閉口する。ここでは、現在挙がっている石油危機のシナリオを検証すると同時に、現状の再確認を行ってみたい。
石油枯渇のシナリオはほんとうか
「石油はあと30年分しかない」と30年以上も前から懸念されているわけだが、現実には石油が枯渇してしまったという話は聞かない。油田の寿命を示す尺度としてよく用いられる「可採年数」、つまり確認埋蔵量を現在の年間生産量で割ったものは、逆に年々増加傾向にあるのが現状である。
確認埋蔵量増加の背景には、今世紀後半に北海油田などの新たな油田の発見があったこと、技術の進歩により一つの油田から回収可能な石油の量が増えたこと、さらに産油国が発表する埋蔵量が大幅に上方修正されたことがあげられるが、埋蔵量のデータは、産油国の国家機密になっており、われわれが本当の埋蔵量を伺い知ることはできない仕組みになっている。つまり、本当の埋蔵量は解らないと言うのが正しい。現在、全世界の確認埋蔵量のデータに、一兆3500億から二兆1千億バレルまで大きな幅があるのは、このためである。
いずれにせよ、石油資源にはかぎりがあり、利用すれば利用するだけ枯渇が速まることだけは確かだ。現在の技術水準でわれわれが採掘できる石油の量は、地球全体で約2兆バレルであるとされているが、そのうち6千5百億バレルは、すでに生産されたもの、約1兆3千5百億バレルが残りの埋蔵量といわれている。現在、世界全体で年間235億バレルが消費されているので、単純計算でいくと60年そこそこで現存の石油資源が使い尽くされることになるというわけだが、ただしこれにはからくりがある。
第一に、確認埋蔵量というのは、現在の技術及び開発コストで、経済的に採算がとれる量として算出される。つまり、生産コストが下がったり、原油価格の上昇などにより、採算に見合う新規投資の条件が整うと、自然、確認埋蔵量も増加していくことは業界の常識である。ちなみに、全世界の石油の残存埋蔵量は、1バレルあたり20ドル以下だと約1兆5千億バレルなのが、20ドル台になると2兆5千億バレルに、さらに30ドル以上になると4兆億バレル台に上方修正されるという試算もある。実際、油田開発及び生産にかかるコストは、技術の向上により、ここ10年間で著しく低下してきており、また、石油価格が上昇するにつれ、現在経済的に無理とされている代替エネルギーの実用化も採算見合いが出て来る。それも加味すると、少なくとも21世紀半ばまで、石油の枯渇という事態そのものについては、考えなくても良い状態にあるといって良い。
もちろん、いざとなった時、石油に代わるエネルギー源がないということでは困るので、代替エネルギーの開発は、現状以上に進めて行かざるをえないであろうが、日本の国情からして実際にどのシステムが最適なエネルギー源となりうるのかについては、腰を落ち着けて、今後の世界的エネルギー事情と開発コスト及び環境に対する影響を見据えつつ決定していくことが望ましい。
さらに言えば、産出量は緩やかな増減カーブを描くため、通常ある油田の枯渇状況が見え初めてから、その油田が実際に枯渇するまでには、かなりの年月を要する。つまり、ある日突然その油田から石油が出なくなるということでは無く、吸い上げた液体の中から徐々に石油の割合が減っていくわけである。 ということは、極論すると、石油の枯渇問題に対する対策は、それが懸念されはじめてから考え出しても充分間に合うことになる。
エネルギー源の中で、現在いちばんリードタイム、すなわち計画を立ててから実際に稼動するまでに要する時間が長いのが原子力であるが、それでも10年から最大20年もあれば立ち上げ可能である。つまり、「石油の枯渇」という「予想」のみを根拠として、50年以上も先のエネルギー政策を今すぐに進めていけという議論は、多少なりとも無理があるわけである。
ただしである、倒産寸前の銀行の取り付け騒ぎと一緒で、「石油はある」と言ったところで、実際に市場に供給しうる現物が無ければ話しにならない。今後の需要と供給のバランスを考えると、そう楽観もしていられない状況が、近い将来、特に日本をとりまくアジアで展開される可能性があり、この点について私見も取り混ぜながら言及したい。
中東石油に運命を託すアジア諸国
世界の一次エネルギー需要は年率2.1%で増加。2010年の消費量は1991年の48%増しとなることが予想されている。このうち約4割が石油によってカバーされることになるが、石油需要の伸び率は、先進国以外、特にアジアの新興工業国で非常に高く、その中でも中国の石油需要は2010年まで年率5.4%という驚異的な伸びが予想されている。(図1参照)
これに対する供給サイドであるが、非OPEC加盟国の生産量の伸びは、たかだか2010年までに、日量350万バレルの増加が見込まれる程度である一方、OPEC(石油輸出国機構)加盟国では2010年までに1991年の2倍以上に当たる日量4540万バレルの生産が見込まれている。その増産見合いの7割弱が中東産油国でまかなわれることになるわけであるが、実際には、最近まで財政難に陥っていた湾岸諸国が、石油価格が低迷する昨今、大きなプロジェクトの推進に二の足を踏んでいる状態である。その上、現在、産油国は生産能力のほとんどすべてをつぎ込んで石油を生産している状況で、新規投資がなければ今後の石油の生産量は頭打ちになる可能性が大である。
日本の場合、91年の時点で、輸入する石油の7割強が中東産油国産、2割強がインドネシア、中国、マレーシアなどからの輸入に依存していた。しかし、中国は1994年に石油の純輸入国に転換。インドネシアもあと5年前後に石油輸入国になることが予想されており、来世紀の日本は、そのほとんどの石油需要を中東の産油国に依存しなければならない状態になる。
同時に、今後の東南アジアや中国の経済発展を考えると、ただでさえ限られている中東産石油の争奪戦が将来的に起こってくる可能性を指摘する声もある。特に中国が年率8%程の経済成長を続けた場合には、2010年の石油需要がすでに日本の需要量の半分に増え、また香港、台湾、韓国、マレーシア、インドネシア、タイ、フィリピン、シンガポール、ブルネイの9か国・地域の石油需要も、現在の2倍近くに増加する。
つまり、2010年には、日本の2倍近い石油需要が、中国を含めた東南アジアで創出され、中東で産出される石油の9割近くを、これらのアジア諸国の中で分配しなければならなくなる事態が到来するわけである。 石油が戦略物資であった時代はともかく、市況商品化している現在の世界経済の中で、「石油の取り合い」といった事態が実際に展開することは考えられないが、日本を含むアジア諸国が中東石油に運命を託す時代が、近い将来やってくることはだけは確かだ。
さて、アジアにおける石油の需給バランスの崩壊が、いつ現実のものとなるかという点であるが、著者は、新規油田開発が現状のまま進まず、供給量が期待通りに伸びていかないシナリオの場合、2010年頃に、一旦受給のバランスが崩壊する時期がやってくると考える。
現在、アメリカの政治的意図で差し押えられているイラクの原油輸出が、今世紀末までに解放される可能性が高く、そうなった場合、その他の地域の供給の伸びとも照らし合わせて、21世紀初頭あたりまでの世界的需要の伸びは、ある程度までカバー出来ることになる。となると、短期的利益を考える石油関連企業は、油田開発に対する新規投資を、一旦抑えることになり、その後予想される急激な石油需要の伸びに、供給が追いつかなくなるというシナリオである。
もちろん、需給の関係が崩れれば、新規油田開発への動きが一気に高まることになる。新しい油田の発見後、実際に生産が開始されるまでには、現在の技術で早くて1年、遅くとも3年あれば充分であるから、このシナリオの有効期間もせいぜい1年〜2年ということになる。さらに、このシナリオは、中国の経済成長率が、その目標とする年率8%を継続しうるかどうか、また、OPEC域外、特に旧ソ連、中国西部や南米の石油開発が順調に進むかどうかによっても左右される。
しかしここで、日本としてやっておくべきことは、アジアにおける需給バランスの崩壊の可能性を見据えつつ、ASEAN、中国、韓国に対して石油の共同備蓄を働きかけることだろう。現在アジアで石油の備蓄を行っている国は、日本の150日分を除くと実質上皆無で、中東で突発的な事故や紛争がこり、石油供給が一時的に途絶した場合を想定すると非常に心もとない。また、日本がODAも絡めてアジア全体の石油備蓄政策を主導することになれば、「石油の取り合い」といった状況が仮にあった場合でも、アジア全体の話し合いの中での決着が可能になる。今後の日本の「石油戦略」は、中東依存度を高めるアジア全体を見据えたものでなければならない。
サウジアラビア崩壊説
昨年末から出てきた石油危機のシナリオの多くが、世界最大の石油輸出国、サウジアラビアの内部崩壊を指摘する内容であるが、これも、現実にはありえない架空のシナリオが、一人歩きしてしまっているものの代表であろう。
サウジの内部崩壊説を整理すると、第一に、ファハド国王の死後、王位継承問題で王家が分裂するというシナリオ、第二に、イスラム過激派勢力の台頭による内部崩壊のシナリオ、第三に、民衆の不満がクーデターとして爆発するというシナリオの3つに分けられる。
王家分裂のシナリオは、95年末にファハド国王が病気で倒れてから本格化した。サウジアラビアの内政は、ファハド国王即位後、俗に「スディリー・セブン」と呼ばれるファハド国王の兄弟7人によって実質上牛耳られてきた。そのため、ファハド国王没後は、その強力なスディリー体制を打ち崩すべく、他の王族が暗躍するというものだが、認識違いも甚だしい。
サウード王家の王位継承問題は、国王の意志一つで決定できるほど単純なものではなく、最終決定に至るまでには、サウード王家の主要王族の合意に加えて、サウード王家以外の主要部族とイスラム法学者の合意が必要となる。つまり、王位継承の最終決定が下されるまでには、主要な王族、部族との駆け引きは終っているということである。特に、95年末にファハド国王が入院した際には、アル・シュレイム家のアブドラー王子が皇太子に任命されたが、これは、「スディリー独裁」の認識を改め、いわゆる「ガス抜き」を行ったという意味で重要な決定であった。これにより、次期国王継承問題は解決済みなのであるが、中には、アブドラー皇太子、ならびにスルターン第二皇太子の年齢も、ファハド国王と2〜3歳しか違わないことから、次次代の国王選びが、ファハド国王在任中に白熱するという穿った見方もある。
しかし、結局、スディリー家であれ、何であれ、誰が王位を継承するのかということ自体は、とるに足らない問題である。サウジアラビアでは1964年に、サウード第二代国王が退位に追い込まれ、替ってファイサル第三代国王が即位するという「お家騒動」があったが、このことが王家の分裂につながる様なことは全くなかった。というのも、そういった「お家の事情」を表面化すると、サウード家によるサウジアラビア統治体制にヒビが入り、結局は自らの首を絞めることを、何よりもよく知っているのは彼らだからである。
次に、イスラム過激派勢力の台頭による内部崩壊のシナリオであるが、サウジアラビアでは、最近立て続けに2回の爆破事件が起っており、これがイラン的な「イスラム原理主義」のイメージと結びついて、不安が高まったことは、状況的にいって無理もないことである。しかしながら、こういった単発的な事件が、サウジ全体を巻き込む騒動へと拡大していく可能性は非常に低い。
サウジアラビアでは、1979年、過激派武装組織がメッカのモスクを占拠。サウード家の腐敗と非正統性を主張した、いわゆる「メッカ事件」が、また同年、東部油田地帯のシーア派住民がホメイニ師の影響を受けて蜂起した、「シーア派教徒争乱事件」が起きているが、いずれも単発に終っており、それらが以後のサウジ内政と王家の正統性議論に影響を与えたことはない。また、イランを中心とする過激な「原理主義」の活動も、昨今は影の薄い存在になっており、サウジ内での「過激派」対策も、以後充分すぎるほど徹底されてきている。
この「内部崩壊説」に加えて、もう一つ、どちらかといえば反西欧的なアブドラー皇太子が即位すると、サウジアラビアがイラン化していくのではないかという、根拠のない論も飛び出している状況であるが、歴史的に見て、サウジアラビアの外交政策の基本が、「バランス」政策であることを考えると、こういった議論がいかに杞憂であるかがわかる。つまり、対外的には、石油安定供給政策とそれを可能にする親西欧政策、対内的にはイスラム主義、アラブ主義を基本とする伝統主義という2つのファクターのバランスをうまくとっていくことがサウジ外交の軸になっている以上、多少西欧側に振れていたファハド国王の振り子が、アブドラー皇太子の即位によって僅かに戻ったとしても、サウジ外交の根本は基本的に変わらないと考えてよい。
最後の悲観材料は、王政に対する民衆の不満であるが、これは、ある一面において過渡的な問題といえる。民衆のいちばんの不満は、突き詰めると「職がない」ことであり、民主化や王政の正統性といった問題は二義的なものである。つまり、1960年代後半から70年代生れのベビーブーマーの人口が、従来のシステムでは支えきれないほどの雇用創出を必要としており、これに対して、サウジ政府が適切な対策を取りえなかったことに対する不満が、「議会制の導入」や、「権力の分配」といった主張に反映されているわけである。
特に、これらベビーブーマーが就労年齢に達したちょうどその頃、世界的な石油価格の低迷が続き、さらに湾岸戦争で国庫が底をついたことも、サウジアラビアにとっては不運だった。95年に施行された、公共料金の値上げも、少なからず民衆の不満を助長した。
しかしながら、ここ1〜2年の石油価格の上昇と増産により、サウジアラビアの財政は著しく好転しており、とくに湾岸戦争以来石油価格が最高値を記録した96年度の決算では121億ドルの黒字を計上。91年度末に推計800億ドル、GDPの7割近くもあった対外・対内債務も、これでかなり軽減され、2000年までの債務全額返済にも、目鼻が付いてきた。これで、サウジアラビアの財政崩壊に関する民衆の不安は、ひとまず収まり、ファハド国王が97年度予算で提示した「高等教育の充実による将来的雇用の創出」という政策も、落ち着きを取り戻した国民に好意的に受け入れられているのが現状である。
サウジアラビアに於いては、その唯一の収入源である石油を安定的に供給しつづけ、それによって得られた収入を国民に分配し続けることが国家安定の鍵であり、一歩譲って、仮に過激派グループが、クーデターにより現王政を追放する様な事態が起ったとしても、それが石油の安定供給を損なう様な政策をとった場合、国民の支持を得ることは不可能である。つまり、最悪のシナリオでも、石油の安定的供給は確保されると見るのが正しい。
資源確保とリスク分散を国策で
以上、現在出てきている「最悪のシナリオ」を検証してみたが、石油枯渇説にしろ、サウジ崩壊説にしろ、現実に基づいた冷静な検証と呼ぶにはほど遠い内容である。
しかしながら、前述したように、これらのシナリオは、シナリオとしての意味は持っているわけであり、逆に、常に最悪のシナリオの作成とそれを封じる施策を考える癖をつけておくことは重要である。問題は、そのようなシナリオ自体にあるのではなく、現状認識を怠った者が、得てして架空のシナリオに振り回される危険性にある。
中東とエネルギーのかかわり合いについて、日本が改めて考えておかなければならないのは、やはり普段からの地道な外交努力と、経済協力であろう。この件に関しては、湾岸戦争以後、人材交流その他で、湾岸諸国と密接な関係を構築するための様々な努力が払われてきた。
しかしながら、最近では、特にサウジ側が再三に渡って要望している合弁事業の拡大に対する日本側の対応は冷たく、サウジ側の不満は募っている。中東依存率2割のアメリカ、4割のヨーロッパが、国を挙げて中東に関与している反面、依存率が8割を超えた日本の対中東関与がおろそかにされている現実は、どう考えてもおかしい。
不幸にも、日本には国策としてエネルギー資源の確保に務める努力が「大東亜共栄圏」の苦い経験以来消え失せてしまっている様である。また、泉井スキャンダルにまつわる騒動で、今後、私企業の立場からあえて油田開発を手がけてやろうといった剛のものは、日本から消え失せるだろう。また、国のバックアップのない個別の資源開発には自ずから限界がある。
かたや中国は、対イラン武器供与などによって周囲の批判を受けつつも、その見返りとしての石油資源の確保に努めている。また、北海油田でイギリスやノルウェーが行ったように、国が石油の開発を政策的、税制的にバックアップするような事例は枚挙にいとまがない。
石油も安いし、湾岸戦争でも石油供給には問題なかったし、といった甘い考え方が、将来、日本の資源確保の根底を揺るがすことの無いように祈るばかりである。中東の石油が、今後の日本の将来を左右するほどの重要性を帯びることを考えると、シベリア、サハリン沖などの、新規油田開発によって、リスクを分散させる努力は、やはり国策として進めていくべきであろう。
以下資料
・図1世界の長期石油需要
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International Energy Agency, World Energy Outlook 1995より作成 単位百万バレル/日 | |||
|---|---|---|---|
| 北米 | 21.5 | 23.3 | 25.4 |
| EU | 13.5 | 14.5 | 15.1 |
| 旧ソ連 | 4.8 | 5.7 | 7.9 |
| 日本 | 5.7 | 6.0 | 6.2 |
| 中国 | 3.0 | 4.1 | 6.5 |
| 東アジア | 5.3 | 6.6 | 10.0 |
| 南アジア | 1.8 | 2.5 | 4.7 |
| 中南米 | 4.0 | 4.6 | 6.1 |
| アフリカ | 2.2 | 2.7 | 4.0 |