――7月22日に政府が「環境モデル都市」を発表し、北九州市も選ばれました。
これは、「世界の先例となる低炭素社会への転換を進め、国際社会を先導していく」という、今年1月の福田総理大臣の施政方針演説を受けて、政府の地域活性化統合本部の「都市と暮らしの発展プラン」に位置づけられた取り組みです。
モデル都市といっても、国があらかじめ要件を定めるのではなく、各自治体が人口規模や地域特性に応じた温室効果ガスの削減目標と達成手段について提案し、国が選定するというスタイルで、全国から82件の応募がありました。
――最近流行の提案型ですが、審査が難しいテーマに思えます。
選定に当たっては、福田総理大臣が参集を求めた「地球温暖化問題に関する懇談会」の「環境モデル都市・低炭素社会づくり分科会」による書類審査とヒアリングが行われました。評価の基準としては、「高い排出削減目標」「先導性・モデル性」「地域適応性」「実現可能性」「持続性」の5つが募集要項に示されていました。
審査の結果、5つの基準すべてを満たしている団体として、大都市から横浜市と北九州市、地方中心都市から帯広市と富山市、小規模市町村から北海道下川町と水俣市の6団体が選ばれたのです。また、モデル都市候補として今後基準を満たしうる団体として、京都市、堺市、飯田市、豊田市、高知県梼原町、宮古島市、東京都千代田区の7自治体が追加選定の候補とされました。
――モデル都市に選ばれることでどんなメリットがあるのでしょうか?
制度上は、今後作成される5年間のアクションプランの実施に伴い、必要な予算等の支援を優先かつ重点的に行うとされています。本連載の第14回で述べたように、「環境の屋根」を掲げた横断的な環境政策は、その実行段階では地方自治体と地域住民の協働によって実現を図ることになります。その際に、予算をはじめ国の支援が見込めることは、実務的にいえばたいへん心強いことなのです。
加えて、北九州市にとっては特別な感慨があります。公害克服という負の遺産からスタートした一連の環境政策の取り組みが、1992年と2002年の2つの国連地球サミットで自治体表彰を受け、2006年からはNPOが発表する環境首都日本一を2年連続して受賞しました。世界から評価され、NPOからも評価され、そして今回、政府からもお墨付きを得たことは、市民をはじめ行政や企業にとっても大きな誇りと自信になったことは間違いありません。
――他のモデル都市と比較して、北九州市の特徴はどこにありますか?
提案内容を見ると、これまで育んできた地域の「環境力」を結集して、「都市構造」「産業構造」「人財育成」「文化の創造」「アジアへの貢献」の5分野を通じて「アジアの環境フロンティア都市」を実現することとされています。
全部で157項目を提案していますが、最大の特色は産業都市の側面です。わが国の二酸化炭素排出量のうち、産業部門からの排出割合は37%ですが、北九州市の場合は66%にも上ります。運輸部門や家庭部門と比べて、産業部門ではすでに個々の企業努力により排出抑制が進んでいます。目標に掲げた2050年での2005年比50%削減を実現するには、極めて大きな変革が必要になります。
産業部門全体でエネルギー効率を上げるためには、地域内の複数の工場がエネルギーを融通し合う「エコ・コンビナート」や、自家発電設備から発生する熱や電気を工場や民生で利用し合う「グリーン・ビレッジ」など、すでに進めている実験的な取り組みに加えて、太陽光や水素エネルギーなどの次世代型エネルギー供給システムを本格的に展開していく必要があるのです。
これは従来は個別に行われてきた企業の取り組みを、面的に横断化・総合化する必然性が高まることを意味します。いってみれば、エネルギーや資源の「地産池消」を目指して、行政側の政策立案能力が問われるテーマでもあります。
これまで築いてきたアジアの環境都市ネットワークは、18か国62都市に広がっています。これらの都市は今後の経済成長によって、エネルギー消費が急増することが予想されます。そこで、北九州市の取り組みをアジア諸国に総合的に移転し、アジア全体の低炭素化に貢献しようとしているのです。都市間環境外交による削減目標を、市域での3倍に設定しており、全ての提案の中でも画期的と評価されたと聞いています。
その拠点として、これまで環境国際協力を担ってきたKITA(北九州国際技術協力協会)を核に、「アジア低炭素センター」を設立してアジア諸都市に適した技術移転事業を進めることが提案の中心に据えられています。
――環境首都・北九州市にはますます追い風が吹きますね。
いや、そうそう楽観してはいられないと思います。公害克服の経験とそれを環境国際協力に活かした時期を第1ステップ、エコタウンの建設をはじめ資源循環型社会を目指した都市づくりを進めた時期を第2ステップとすると、低炭素社会を目指す第3ステップは、過去の成功体験とは関係ないと捉えるべきでしょう。これをテイクオフさせていく道のりは従来とは異なる全く新しい局面なのです。
これからは、「環境の屋根」の下でまちづくりを進めることが、地域の発展と表裏一体なのだという自覚が不可欠です。企業や行政、住民の意識もさらに大きく変えていく必要があります。これは容易なことではないですが、環境モデル都市の看板をもらったからには、何としても計画を実現する不退転の覚悟が必要でしょう。
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